36年秋田国体の思い出
半 田 祐 毅 (昭和38年土木科卒)
 
 昭和36年、国体の強化チームでない我々のチームが、代表決定戦に勝って秋田国体に出場しました。

 部長の「バスケットには哲学がある」が口癖の今は亡き佐々木徹郎先生(元秋田工業高校長)、監督は「正しい技術に無駄はなく、習得はやさしい」と指導してくれた神田勉先生(元県立スポーツ会館長)、秋田教員のメンバーでいつも一緒に練習し、部員一人ひとりにアドバイスをくれた小林璋洋先生(元大館鳳鳴高校)の指導のおかげと感謝しています。

 練習は校門に入って左側にある体育館に体操部、バドミントン部、卓球部と一緒で、場所はバスケットコートの半分で恵まれた状況ではなかったと思います。


(上より) 石郷岡
立花  正田 金子 石井
出口 布川 照井 金井
佐藤 相場  半田 宇佐美
   (筆者)

   まさか代表決定戦で勝てるとは、あの感激は今でも忘れることはできません。

 また、国体期間中は秋田刑務所の道場が宿舎となり、練習、試合会場には金網張りの車での送迎、そして小山内所長(48年没)から所内の案内をいただいたり、所員のみなさんから温かい歓待や激励をいただいたことは懐かしく思い出されます。

 メンバーは巧みプレーの石郷岡秋美、気迫あふれる金子泉、得点力のある三上昭司(旧姓照井)、接触プレイの強い相場肇の3年生、2年生は、シュート力のある布川良一、カットインの得意な出口宏、リバウンドが強くリード力のある工藤勝也(旧姓佐藤)、長身の石井と名マネージャーの金井英男と私、そして1年生は匹田、宇佐美、立花です。

 あれから47年、秋田わか杉国体開催中です。

 当時に思いを巡らしながらメンバーとの再会を楽しみにしている毎日です。

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